◆S53. 4.28 名古屋地裁 昭和43(行ウ)9 補償金増額請求事件(12)
し、地代金を上納して免許をえ、私財を投じて造成し、その後地震・水害等の災害により損壊する度に私費を投じて維持修復しながら、徳川・明治時代を通じ代々管理所有し(但し、被告国も昭和三五年以降台風等による決壊の復旧工事をなして管理している。)、原告が相続によりその所有権を取得したこと、本件輪中堤はいわゆる環状堤および突出堤からなる全長二キロメートルの「6」字型の堤防で、その横断面はほぼ台形で平均高さ五メートル、同上底四メートル、同底辺二〇メートル、同面積六〇平方メートルであり、木曾・長良両河川に挾まれて生じた三角洲の上流部分に上流に向つて釣鐘状の堤防を盛土して築き、その内側に土砂を堆積させ、一定程度堆積した段階で下流部分を締切ることによつて長円形の堤防に造成されたもので、西側の一部は玉石等により根固め(護岸)されていること、本件輪中堤力内側に沿つて約二〇戸の人家が建ち、右環状堤に囲まれた土地は田畑(面積は周辺の堤外田畑を加えると約三〇ヘクタール)として耕作されて右輪中堤内は一個の村落共同体が形成され、右人家および田畑ぱ右輪中堤により水害から防禦されてきたこと、昭和四八年一月一九日当時は長良川改修工事により本件輪中堤を縦断する形で南北に通じる新堤防が築造され、右新堤防の西側部分は川原様の荒地、東側部分は田・畑および人家が存在し、本件輪中堤は右東側部分に一部残存すること、本件山林原野および本件荒地の一部(<地名略>)は右輪中堤と長良川とに挾まれ同堤防に沿つて南北に細長く存在し、また、右荒地の残部(<地名略>の六筆)は右輪中堤外南部に存在することをそれぞれ認めることができ、右認定を覆す証拠はない。
3 原告は本件堤防敷地の所有権相当額は三・三平方メートル当り三、〇〇〇円であると主張し、その根拠として本件土地を含む長島地区一帯に観光開発等の開発計画が進められていること、近傍土地の取引価格および昭和四〇年一月の原・被告間の貯水槽等公益的施設敷地の売買価格が三・三平方メートル当り二、五〇〇円であつたことを挙げる。
成立に争いのない甲第一九号証、乙第二六号証の一、二、同第二七号


